実稼働状態のリアクトルの損失および インピーダンス測定

実稼働状態のリアクトルの損失および インピーダンス測定

はじめに

リアクトルは、突入電流の抑制や高調波の抑制などのための誘導コイルを使った部品です。電力系統分野やインバータ/コンバータなどパワーエレクトロニクス分野ではリアクトルと呼び、電子回路など電子部品分野ではインダクタと呼びます(表1)。

近年は、太陽光発電や風力発電おけるパワーコンディショナやEV用インバータなどの性能向上ニーズが高まっており、その内部の昇圧コンバータなどに使われるリアクトルは重要な部品です。

本書では、パワエレ分野のリアクトルを対象に解説します。

表1 リアクトルおよびインダクタの比較

表1 リアクトルおよびインダクタの比較

* 形状はイメージです。実際には様々な形状と仕様の製品があり、その全てを表すものではありません。

リアクトルの種類と用途

リアクトルは、構造や接続方式、使用目的などでも分類されますが、電気的にはACリアクトルとDCリアクトルの2種類に分類されます。

ACリアクトル

目的:突入電流の保護、高調波の抑制および力率改善

インバータ等の電力変換器の入力側ないしは出力側に入れます。入力側に入れることで、インバータへの突入電流等の保護の効果があり、出力側に入れることでAC信号に含まれるひずみ波や高調波の抑制ができます。

電流の高調波を抑制させることで、力率の改善が期待できます。さらに、サージ電圧抑制の効果もあります。

ACリアクトル

DCリアクトル

目的:電流の平滑化および高調波の抑制

DC回路に流れるパルス状、あるいは脈動する電流の平滑化と電流の高調波成分の抑制ができます。

DCリアクトル

昇圧/降圧チョッパ回路では、ON/OFFする時間比によって入力されるDC電圧の昇圧ないしは降圧がなされます。その回路の鍵となる部品がDCリアクトルです。チョッパ回路のON/ OFF時で電流を流し、時間比により出力電圧を一定値にさせる帰還効果をもたらします。

昇圧/降圧チョッパ回路

リアクトルの特性把握

理想的なリアクトル(またはインダクタ)の場合、リアクタンスを誘導性リアクタンスと呼び、XLで表します。XL=2πfLで表され、電流の位相が90°遅れます。

E(電圧)[V]

f (周波数)[Hz]

I(電流)[A]

L(インダクタンス)[H]

XL (リアクタンス)= fL [Ω]

Z(インピーダンス)=jXL=j(2πfL) [Ω]

リアクトルの特性把握

実際には、リアクトルは抵抗成分や寄生容量を持ちます。また、温度変化など含めた環境の影響も評価する必要があります。そのため、計測器による正確な特性把握が欠かせません。

課題 / 要望ポイント

実稼働状態での高周波駆動リアクトルの測定

電子部品の抵抗、キャパシタンス、インダクタンスやインピーダンス、リアクタンスを測定する計測器には、LCRメーターやインピーダンスアナライザ、ネットワークアナライザなどが主に使われます(表2)。これらの計測器は、内部信号源の正弦波を電子部品に印加して測定するため、実稼働状態での損失、高調波などを計測することはできません。また、入力信号にDC成分がある場合、計測器の入力チャネルが飽和したり破損したりする恐れがあります。

例えば、鉄芯構造のリアクトルでは、入力信号レベルによる磁束密度の変化を含めた実稼働状態での測定が必要です。実稼働状態でのリアクトルの測定においては、周波数帯域によりますが、電力計/パワーアナライザが適切です。

実稼働状態での評価項目には、以下が挙げられます。

l損失
lインピーダンス・リアクタンス・インダクタンス・抵抗成分
l高調波(第13次以上)などの抑制効果

広帯域&高速サンプリングの必要性

スイッチングに使われる矩形波(方形波)にはDC成分とともに高次の高調波が含まれます。n次の高調波のレベルは1/nで、11次高調波以降でようやく-20dB1/10)以下になります。このため、形波の測定では、DCとともにその周波数の10~20倍の帯域の計測器が必要です。例えば、100kHzのスイッチング周波数で動作するシステムの場合、1~2MHz以上の帯域が求められます。特に矩形波の立上り・立下り部分は急峻です。電力値の高精度測定のためには、その波形を忠実にディジタル値に変換する必要があることから、広帯域とともにより高速サンプリングが求められます。

一方、測定対象の帯域に対し計測の帯域が広過ぎる場合、不要なノイズの影響が現れる可能性があります。状況に応じて、フィルターないしはアベレージ機能等を適切に活用する必要があります。

高電圧・大電流の測定

電力系統やパワエレ分野のリアクトルは高電圧・大電流のため、測定する電圧・電流を入力できる電力計とプローブや電流センサー、およびノイズや測定誤差を排除した接続や配線が必要です。特に高周波駆動のリアクトルでは、DC成分も重畳しているため、DCから測定可能なセンサーが求められます。

低力率下での計測

リアクトルの電圧・電流の位相差はほぼ90°と、力率がゼロに近い状態になります。電力計においては、計測時のわずかな位相誤差が計測結果に大きく影響します。低力率でも高精度な計測が可能な仕様と、電流センサーを含めた位相差補正機能を持つ電力計を選定する必要があります。

 

 リアクトルの測定が可能な計測器の比較

 

電力計/パワーアナライザ

LCRメーター

インピーダンスアナライザ

ネットワークアナライザ

本来の測定

電力パラメータ

LCR

交流インピーダンス

Sパラメータ

使用目的

電力系統やインバータなどの電力パラメータ、変換効率の測定

電子部品の特性把握

10kΩ以上の高インピーダンス電子部品や材料の特性把握

10kΩ以下の低インピーダンス電子部品や材料の特性把握

周波数帯域

1MHz(電力

20MHzPX8000

MHz

~数GHz

100GHz

測定方法

稼働状態での電波形・電流波形から演算

等価回路モデルを使い、特定周波数の正弦波を印加して測定、演算

入力信号の周波数を変えて、直流成分、交流成分を求め合成

入力信号の周波数を掃引し、基準・反射・伝送信号を測定、演算

表示

電力パラメータの数値およびトレンド波形

入力電圧・電流波形

LCR等の数値

パラメータの周波数に対する電圧・電流のグラフ表示

スミスチャート、対数振幅、位相、群遅延など

長所

実稼働状態での計測

高調波解析が可能

接続するだけで簡単・高速に計測。低価格

広い周波数帯域での測定

等価回路解析機能

共振解析

GHz帯での測定が可能

等価回路解析機能

短所

高周波帯域での計測ができない

等価モデルの知識が必要

周波数特性は計測できない

部品との接続で測定値が変化する。プローブや治具に注意。

低周波数帯域の測定ができない。高価。

 

ご提案 / ソリューション

横河計測のパワースコープPX8000およびプレシジョンパワーアナライザWT5000で、実稼働状態でのリアクトルの損失およびインピーダンスの測定が可能です。

電力計の測定帯域

50/60Hzの電源系統向けリアクトルでは測定帯域1MHzWT5000で十分ですが、パワーコンディショナやEVバッテリーなどスイッチング周波数が高い用途向けリアクトルでは、より高精度な測定のために帯域20MHzのパワースコープPX8000のご利用を推奨いたします。

電圧・電流波形の観測

WT500010MS/sPX8000100MS/sで電圧・電流波形をサンプルし表示できます。このため、波形観測のためにオシロスコープを接続する必要はありません。特に高電圧・高周波の電圧を測定するので、場合によってはダンピング抵抗を利用する必要があります。

PX8000 電力パラメータと波形の同時測定・表示例

PX8000 電力パラメータと波形の同時測定・表示例

(入力信号にはファンクションジェネレータを使用)

 

リアクトルの損失測定

システム全体の効率を低下させる要因の一つがリアクトルで、その損失の程度を正確に把握することが効率改善の第一歩です。実稼働状態では、大電流&高周波による表皮効果や温度上昇による磁性材料の特性の変化等も影響があると思われます。

方法1

リアクトルに流れる電流とリアクトル間の電圧からその消費電力P(トータルの損失)を直接測定します。印加される電圧と流れる電流の位相差は90°と力率が大変低い測定条件ですが、WT5000およびPX8000はゼロ力率での測定誤差が小さく、高精度測定が可能です。

この方法の場合、電力計にコモンモード電圧が直接加わるため、ノイズが入り込みやすくなります。また、高電圧のスイッチング波形(矩形波)よる駆動となるため、測定系全体で対ノイズ対策が不可欠です。

また、リアクトルの巻線抵抗rと電流値Iから求まる銅損分を差し引くことで、鉄損を求めることも可能です。

P(鉄損)P(トータルの損失)r(巻線抵抗)×I(電流)^2

方法1

磁性体の鉄損測定においては、B-Hヒステリシスループの測定でも損失測定が可能です。縦軸が磁束密度B、横軸が磁界強度Hとした場合、ヒステリシスループが描く内部の面積が損失を表わします。PX8000ではこの演算も可能です。

方法2

リアクトルの前後の電圧・電流から電力を測定して損失を求める方法です。

リアクトルの損失 = Pin Pout

この場合、コモンモード電圧によるノイズの影響は小さく抑えることができます。

しかしながら、入力チャネル(エレメント)間の偏差が新たな測定誤差になります。この誤差は、入力チャネルを入れ替えて測定し、平均処理することで抑えることができます。

方法2

 

リアクトルのインピーダンス測定

リアクトルに交流信号E(周波数f)を印加し、電力計でリアクトルの損失、および電圧U・電流I・位相差θを測定、ユーザー定義演算機能を使ってインピーダンス・リアクタンス・インダクタンス・抵抗成分を算出できます。

インピーダンス     Z = U / I

リアクタンス       X = Z × sin(θU−θI )

インダクタンス     L = X / 2πf

抵抗成分       R = Z × cos(θU−θI )

リアクトルのインピーダンス測定

あるいは、高調波測定機能を用いて算出される、直列・並列等価回路のスイッチング周波数の次数ごとのインピーダンス・リラクタンス等パラメータ演算を参照することもできます。詳細は、PX8000 ユーザーズマニュアル[機能編]のページ-16”をご覧ください

ノイズ対策

低力率下の測定では、特にノイズ対策が重要です。

l可能な限り、接地側の回路で測定する。
lノイズを発生している機器から測定対象、配線ケーブル、電力計を離す。
l配線ケーブルをできるだけ短くする。ツイストペアにする。
lケーブルを静電シールドカバーで包み、接地する。
l機器類を金属カバーで覆う。

高精度に測定するには

電流センサーは貫通式の構造で、1次側配線に流れる電流を電流センサーの電磁コアの巻線で検出するため、以下の点に注意が必要です。

① 電流センサーの定格および帯域が適切なものを選び、

  電力計側の電流レンジの設定にも注意する。

② 配線に関する注意点

l1次側配線を電流センサーの中心に配置する。
l1次側配線と2次側配線が干渉しないようにする。2次側配線はできるだけ短く、1次側配線と距離を保ち、平行にならないようにする。
l2次側配線の線材はAWG24以上を推奨。インバータなどの測定においてはシールド線よりツイストペアの方が適していることがある。
l電流センサーや配線は固定して、再現性を確保する。

③ 振幅/位相補正機能を利用する

リアクトルの測定は力率がゼロに近い条件での測定になるため、わずかな位相のずれが測定誤差になります。AC/DC電流センサーや電流クランププローブを用いる場合、それらの振幅誤差の補正や電圧信号と電流信号間の位相差を補正することで、より高精度な電力測定が可能です。

PX8000WT5000には、位相差の補正(デスキュー)機能が搭載されています。これは、電流センサー等を用いた測定の場合、その電流センサーの位相差(伝達時間の差)を補正して、リアクトルの駆動周波数において時間軸上での誤差要因を低減させるための機能です。

④ オフセットを除去可能な個別Nullを利用する

Nullは、結線した状態で外部電流センサーを含めてオフセット値をゼロにする機能です。特に昇圧/降圧コンバータやチョッパ回路ではDC成分が重畳しているので、この機能が変有効です。入力ごとに個別でNullON/ HOLD/ OFFができます。Nullを実行する前に、ゼロレベル補正(内部回路のゼロレベルを補正する機能)を実行することをおすすめします。Nullやゼロレベル補正は、機器を十分にウォームアップしてから実行してください。


測定系全体の補正による再現性の改善

再現性を良くするには、損失(W)が分かっている標準キャパシタ(またはインダクタ)および駆動用のファンクションジェネレータと高周波アンプを使い、実際にスイッチング駆動させる周波数で可能な限り大きな電流をその標準キャパシタに印加し、その損失をWT5000またはPX8000で測定しながら時間差データを調整することで補正を行います。標準キャパシタで消費される有効電力の値に近づくように調整します。

測定系全体の補正による再現性の改善

 

まとめ

l実稼働状態のリアクトルの測定には、PX8000またはWT5000が最適です。
lノイズに配慮した結線や配置が必要です。
l電力計の位相差の補正(デスキュー)機能を活用することで、リアクトルの駆動周波数において測定誤差を小さくすることができます。
l標準キャパシタを使うことで、電流センサーや配線を含めた測定系全体での補正値を得ることができます。

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