AIデータセンター用電源のスイッチング損失やサージ解析

AIデータセンター用電源のスイッチング損失やサージ解析

1. 背景

生成AI(Generative AI)は、文章、画像、音声などの新しいコンテンツを生成する人工知能の技術です。この技術は、膨大なデータを学習し、ディープラーニングを用いて新しいアウトプットを生成します。生成AIの普及に伴い、データセンターの役割がますます重要になっています。
AIデータセンターは、生成AIのトレーニングや推論を行うための高性能なコンピューティングリソースを提供します。特に、大規模な生成AIモデルのトレーニングには膨大な計算能力が必要です。これには、高性能なGPUやTPU *が使用され、これらのデバイスは大量の電力を消費します。また、AIデータセンターは、高速ネットワーク、大容量ストレージ、特殊冷却技術なども備えており、電力消費量は膨大になっています。
このような背景から、AIデータセンターのエネルギー効率を向上させるためには、DC – DC 変換のスイッチング損失についても考慮する必要があります。DC – DCコンバータは、電圧を変換するための重要なデバイスであり、特に高効率な電力変換が求められる場面で使用されます。しかし、これらのコンバータにはいくつかの損失が伴います。その中でも、スイッチング損失は大きな影響を与える要因の1つです。
* GPU:Graphics Processing Unit(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)
TPU:Tensor Processing Unit(テンサー・プロセッシング・ユニット)

 

2. 課題

機器全体の消費電力は電力計で測定しますが、スイッチング損失の測定はパワーデバイスの立ち上がりが高速なため、オシロスコープを用いて行います。取り込んだ波形にカーソルをあて、手計算によりスイッチング損失を求める方法は広く行われていますが、時間がかかり面倒な作業です。
一方、SiCやGaNのような高速デバイスは、信号の立ち上がり時に発生するサージが大きく、デバイス自体や周辺回路に損 傷を与える恐れがあるため、サージの確認作業は必須です。また、コンバータやインバータはスイッチングデバイスを多数使用するため、動作確認時の測定ポイントが多いことも悩みの1つです。

 

3. 高分解能オシロスコープ、差動プローブによる解決策

この資料では、上述した課題に対する解決方法として、高分解能オシロスコープおよび差動プローブの特長を活かしたアプローチを紹介します。

高分解能オシロスコープ

  • 最大周波数帯域 500 MHz、最高サンプルレート2.5 GS/s
  • 最大レコード長
    500 Mポイント(全チャネル)、1Gポイント(奇数チャネルのみ)
  • 最大入力
    DLM3000HD:アナログ4 CH/アナログ3 CH + ロジック8 bit
    DLM5000HD:アナログ8 CH + ロジック32 bit
    DLMsync機能で2台連結することにより入力数を倍増
  • ADC分解能 12 bit
  • スイッチング損失演算機能、2か所ズーム機能、ヒストリ機能、統計メジャー機能、UART/I2C/SPIトリガ・解析機能

差動プローブ

  • 周波数帯域 400 MHz
  • 最大差動入力電圧(DC + ACpeak)
    702921:±100 V(50:1)/±1000 V(500:1)
    702922:±200 V(50:1)/±2000 V(500:1)
  • 最大入力電圧(対地間()DC + ACpeak)
    702921:±1000 V
    702922:±2000 V

 

3.1 スイッチング損失測定

パワーデバイスのスイッチング損失は、ターンON/OFF区間の電圧と電流の積、および導通区間の電流とON抵抗RDS(on)や飽和電圧VCE(sat)などの定数を用いた電力計算から求めるのが一般的ですが、DLMシリーズの電源解析機能のスイッチング損失演算を使うことで、これらの計算を簡単に行うことができます。

図1 スイッチング損失概要

図1 スイッチング損失概要

たとえば、測定対象がMOSFETの場合、スイッチング区間を切り出すための電圧・電流レベル値、およびON抵抗値を入力することにより、以下に記載した損失を電力[W]および電力量[JまたはWh]として簡単に求めることができます。

● ターンON損失
● 導通損失
● ターンOFF損失
● 上記の合計

DLMシリーズでは任意の2箇所を同時にズームできるため、図2のように注目する周期のターンON/OFF部を拡大し、リンギングやノイズの状態を確認できます。

図2 1周期に注目しスイッチング損失を求める

図2 1周期に注目しスイッチング損失を求める

ここで注意しなければならないことは、プローブ*およびオシロスコープには固有の立ち上がり時間があり、図3のように測定に影響することです。
*アクティブプローブのみ。パッシブプローブはオシロスコープの一部として扱います。

図3 オシロスコープで観測される立ち上がり時間

図3 オシロスコープで観測される立ち上がり時間

実際の信号の立ち上がり時間をTr–S、プローブ固有の立ち上がり時間をTr–P、オシロスコープ固有の立ち上がり時間をTr–Oとすると、オシロスコープに表示される波形の立ち上がり時間Tr–Dは次の式で表すことができます。

式

また、プローブやオシロスコープ固有の立ち上がり時間は以下の式で近似可能です。

立ち上がり時間[s] = 0.35/周波数帯域[Hz]

これらの式から、帯域500 MHzのオシロスコープと、帯域150 MHzおよび400 MHzの差動プローブの組み合わせで、立ち上がり時間20 ns(SiCのレンジ)および5 ns(GaNのレンジ)の信号を観測した場合、実際の信号の立ち上がり時間とオシロスコープに表示される立ち上がり時間の誤差の理論値は表1のようになります。誤差はスイッチング損失計算に直接影響を与えるため、デバイスの仕様に応じたプローブとオシロスコープの選定が重要です。
DLMシリーズの500 MHzモデルと差動プローブ702921/702922の組み合わせならば、立ち上がり時間5 nsの信号を誤差約2.5%で測定することが可能です*。
* 理論値であり、実際のプローブやオシロスコープの周波数特性、測定環境、またプロービングの方法によって変動します。

表1 測定条件別立ち上がり時間の誤差(理論値)

表1 測定条件別立ち上がり時間の誤差(理論値)

 

3.2 サージ・リンギング測定

SiCやGaNの立ち上がりは高速なため、デバイスパッケージのインダクタンスや周辺回路の配線インダクタンス、デバイスの寄生容量などの影響により、ドレイン–ソース間に大きなサージとリンギングが発生します。このサージがデバイスの最大定格電圧を超えないようにすることは、コンバータやインバータの重要な設計課題です。
そのため、サージの観測が従来以上に重要となりますが、高分解能オシロスコープを用いることで、より精度の高い測定が可能となります。
たとえば、1000 Vを超えるサージを測定するためにオシロスコープで250 V/divの電圧レンジを選択した場合、垂直軸分解能が8 bitのDLM3000/DLM5000では最小分解能は10 Vとなります。しかし、DLM3000HD/DLM5000HDであれば、最小分解能はこの16分の1となるため、1V以下の現象を確認することができます。

図4 垂直軸分解能による波形の見え方の違い

図4 垂直軸分解能による波形の見え方の違い

また、次世代デバイスは従来のデバイスと比較して高速であるだけでなく、高電圧化する傾向もあるため、相乗効果でサージのピーク電圧が非常に大きくなると考えられます。
このため、これまでよりもオシロスコープの電圧レンジを1レンジあるいは2レンジ程度大きく設定せざるを得ませんが、このとき、測定分解能の劣化が気になる場合は、高分解能オシロスコープが有効な選択肢となります。

図5 高速・高電圧デバイスにおけるサージ電圧の傾向

図5 高速・高電圧デバイスにおけるサージ電圧の傾向

サージの最大値を測定する際、トリガモードをノーマルに設定し、サージピーク付近でトリガレベルを調整して取り込んだ波形の最大値を測定する方法がよく用いられます。しかし、DLMシリーズのヒストリ機能と統計メジャー機能を併用することで、作業を効率化できます。
ヒストリ機能とは、取り込んだ波形をメモリーに保存し、後から参照可能にする機能です。レコード長に依存しますが、DLM3000HD/DLM5000HDでは、レコード長1.25 kポイントの時、20 万個のヒストリ波形を取り込むことができます。

図6 ヒストリ機能

図6 ヒストリ機能

DLMシリーズはノーマルモードで波形取り込み回数を指定することが可能です。この際、取り込みのデッドタイムが気になる場合は、トリガモードでNシングルを使用するとデッドタイムを最小1μs 以下に抑えることができます。
さらに、ヒストリ統計メジャー機能を使用することで、ヒストリに保存された全波形の最大値を求め、統計値(最大、最小、平均、標準偏差、母数)を演算し表示することができます。

 

3.3 コンバータ・インバータ動作確認

コンバータやインバータの動作確認においては、通常、多くの測定ポイントが存在します。図7のようなMOSFETの三相インバータの場合、6個のデバイスそれぞれのゲート–ソース間電圧およびドレイン–ソース間電圧を測定すると12ポイントになり、さらに出力電流3系統を観測すると15ポイントとなります。

図7 インバータの測定ポイント例

図7 インバータの測定ポイント例

オーソドックスな4チャネルのオシロスコープを使用してこの測定を行う場合、複数回に分けて測定するか、複数台のオシロスコープを使ってトリガで同期させることで同時に測定できるチャネル数を増やす方法が一般的です。しかし、前者は測定効率が非常に悪く、後者は特に高速なデバイスにおいてトリガスキューの影響が大きく、オシロスコープ間のデスキューを頻繁に行わなければならない点が難点です。
このような課題への提案として、DLM5000HDの同期運転機能(DLMsync)を用いることでアナログ16チャネル同時測定が可能となります。DLMsyncの設定は非常に簡単で、専用の接続ケーブルで2台を接続し、メニュー上でボタンを押すだけです。サンプリングクロックレベルで同期し、同期確度は±50 psと高精度です。
なお、DLM3000HDもDLMsync機能により2台連結できますので、普段は4チャネルで使用し、必要に応じて連結して8チャネルで使用することが可能です。

図8 DLMsync 機能

図8 DLMsync 機能

 

3.4 シリアルバス通信と関連付けた解析

マイコンやその周辺機器などで扱っているデバイス間通信は、UART、I2C、SPIなどのシリアルバスで接続され、データをやり取りしています。これらの周辺デバイスと関連付けたタイミング解析やトラブルシュートの際に、DLMシリーズのシリアルバストリガ・解析機能が役立ちます。この機能を使えば、通信内容に対してデータパターンでトリガをかけたり、波形を元に通信内容をデコードして画面に表示したりすることができます。また、デコード内容の詳細をリスト形式で表示したり、CSV形式のファイルとして保存することも可能です。
横河計測独自のシリアルバスオートセットアップは、通信速度などの詳細な通信仕様を知らなくても、ワンタッチで自動的に必要な設定を行う非常に強力な機能です。

図9 UARTトリガ・解析機能

図9 UARTトリガ・解析機能

関連業種

関連製品とソリューション

高分解能オシロスコープ DLM3000HDシリーズ

DLM3000HDシリーズは、小型軽量コンパクトながら大容量ロングメモリーと豊富な解析機能で好評いただいてきたDLM3000シリーズが電圧軸分解能を拡張し、メモリーを最大1Gポイント(/M3オプション)まで拡張、入力感度やアクイジションレートなど様々な改善を施した、新設計の4チャネルミックスドシグナルオシロスコープです。

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YOKOGAWAのDLM5000HDは、最先端の4/8チャネル高分解能オシロスコープです。コンパクトな8チャネル、垂直軸分解能12ビットのオシロスコープで、複雑な高速波形を高分解能で観測・解析でき、微細なノイズやリンギングなどの確認が容易に行えます。回路チェックからトラブルシューティング、高度なタイミング解析まで、幅広いアプリケーションをカバーしています。

高電圧差動プローブ PBDH0400 702921

400 MHz、500:1/50:1、差動入力電圧:±1000 V(DC+ACpeak)(500:1)、電源:プローブI/F
販売単位:1
価格 ¥400,000 (税抜)

高電圧差動プローブ PBDH0400 702922

400MHz、1000:1/100:1、差動入力電圧:±2000V(DC+ACpeak)(1000:1)、電源:プローブI/F
販売単位:1
価格 ¥500,000 (税抜)

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